大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和38年(オ)306号 判決 1964年6月12日

上告人 株式会社亀楽せんベい

右訴訟代理人弁護士 山下昭平

被上告人 田中光保

右当事者の約束手形金請求事件について、東京高等裁判所が昭和三七年一二月二一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山下昭平の上告理由一および二について。

しかし、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の事実摘示および一件記録によると、右約束手形金について、被上告人は、上告会社に対し、第一次的に、振出人としての責任を求め、第二次的に、訴外長谷川武雄は昭和二九年五月二四日より同三〇年五月三一日までおよび同三二年二月二五日より死亡に至るまで上告会社の代表取締役であり、代表取締役でない間も常務取締役であり、同訴外人が取締役在任中は上告会社の業務をすべて掌握していたから、被上告人において右手形振出当時の昭和三二年一月一〇日にも同訴外人が上告会社の代表取締役であると信じており、かつかく信じたのは正当の事由による旨を主張し、原判決も、右第二次的主張にもとづいて上告会社に対し右手形金の支払責任を認めていることが認められる。そして、右の第二次的主張事実および原判決の判文ならびに一件記録によると、被上告人の上告会社に対する右手形金の請求は、ひつきよう、訴外長谷川武雄のした右手形振出行為について、商法第二六二条の規定に定めるいわゆる表見代表取締役の行為による会社に対する責任にもとづいて上告会社に対し支払を求めていると認めるのが相当である。そして、上告人の商法第一二条を適用すべき旨の主張、すなわち被上告人において訴外長谷川武雄が代表取締役を辞任し訴外長谷川たよが代表取締役に就任していたことを知っていたこと、または、知らなかったとしても、正当事由がなかったという上告人の所論の主張の事情は、原判決の認定した事実と矛盾するものであるから、右の事情は自ら排斥されたものというべきであって、原判決には、所論のような判断遺脱等の違法があるとはいいがたい(なお一件記録によると、右第二次的な主張事実につき、第一審の第一四回口頭弁論期日において民法第一一二条の表見代理による支払請求であって商法第二六二条による主張については次回までに明確にすると釈明を求められたままその後この点についてとくに明らかにされることなく弁論が終結されて、第一、二審の判決がなされていることが認められるが、主張した事実に対する当事者の法的見解について裁判所は拘束されるものではないから、このような事情は、前記判断の妨げになるものではない。)。

原判決の判文は、右の点がかならずしも明確といいがたく、措辞妥当を欠く点がないとはいいがたいが、所論のような違法があるといいがたく、結局、所論は、原判決を正解しないで非難するに帰し、採用しがたい。

同三について。

しかし、原判決挙示の証拠によれば、原判決の認定事実を肯認しうる。

所論は、いずれも、原審の専権に属する証拠の取捨、選択または事実の認定を非難するに帰し、採用しがたい。

よって、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

上告代理人山下昭平の上告理由

一、原判決は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の適用・解釈の誤りがあり破棄を免れない。

以下その事由を開陳する。

即ち上告人は第一審の昭和三七年三月三〇日口頭弁論において本件約束手形のうち原告(被上告人、以下同じ)主張の請求原因第一項の約束手形(額面金百万円)について右手形が仮に訴外長谷川武雄が振出したものであるとしても右手形振出日たる昭和三二年一月一〇日当時被告会社(上告人、以下同じ)の代表取締役でなかった。同人は昭和三〇年六月一一日被告会社の代表取締役を辞任したので被告会社は同年六月一四日右辞任の登記と公告をなしたのである。

従て商法第一二条により仮に原告が善意なりとしても被告会社は右訴外人の辞任後の手形振出行為であるから原告の主張は単に訴外長谷川武雄が被告会社の運営一切をなしていたのであり、本件手形振出当時も常務取締役であったから原告は右訴外人に代表権限ありと信じたのは正当の事由に因るものであるということのみであることは原審の事実摘示に徴しても明白である。

原告の右の主張は民法上の表見代理人か又は商法第二六二条の表見代表取締役の行為についての正当事由の主張に止り商法第一二条については何等主張していないのである。

然るに原判決は「長谷川武雄は被告会社の代表取締役長谷川たよの実子で(中略)代表取締役としての業務一切を掌握して会社の実権を握りこの状態は常務取締役であって本件(一)の約束手形を振出した当時も殆んど同様であったこと、武雄の妻長谷川藤子、藤子の兄で長年病気療養臥床中の原告も共に手形振出当時も武雄が被告会社の代表取締役であると信じていたことを認められるので右認定の各事実の下においては原告が武雄に被告会社の代表権限ありと信じたことは正当の事由あるものと謂うべきものであるから被告会社は常務取締役の名称を附して振出された本件(一)の手形金を原告に支払うべき責に任じなければならない」と判示している。

原審(東京高等裁判所)も右第一審の判示と同一としてこれを引用している。

併し乍ら右判示は商法第一二条の問題と商法第二六二条の問題とを混同し明らかに法令の適用を誤ったものといわねばならない。何となれば被告会社が本件手形について原告に対しその支払の責があるとするには右訴外人が被告会社の代表取締役を辞任し何等の権限がなかったことが既に登記・公告されている以上原告が当時この登記事項を知らなかったこと、正当の事由のあったことを主張、立証しなければならない。

即ち商法第一二条後段の場合に当るかどうかである。同条に所謂正当な事由とは登記公告を知ろうとしても知り得ない客観的障害、例えば交通杜絶、官報新聞紙の不到達のごときことをいい、長期の旅行・病気など当事者についての主観的事情は包含しないものと解すべきであることは通説の認めるところである。(大隅健一郎「商法総則」二七八頁、田中誠二「商法総論」二一八頁、西原寛一「商法総則」二九一頁等)

本件において前述の如く原告は右の主張及び立証を何等なしていない。

故に本件については商法第一二条を適用し本件手形振出当時の右訴外人は無権限であったのでありこのことは被告会社として原告に対抗し得るのは同条の法理上当然であるとして原告の請求を排斥すべきであるのに前述の如く原判決は全然これを看過し判示し又これと同一に出した原審判決は明らかに商法第一二条に違背したものといわなくてはならない。この点について原判決は破棄さるベきであるものと信ずる。

二、原判決には理由不備の違法がある。

既に一においで述べた如く第一審判決は上告人(被告、以下同じ)の商法第一二条の主張について、事実摘示においてこれを明らかにしながら判決理由中において何等の判断を示していない。原審もまた第一審判決をそのまゝ引用し何等判示していない。

即ちこの点について原判決は理由不備の違法があり破棄を免れないと信ずる。

三、原判決の判決に影響を及ぼすことが明らかな採証法則の違背がある。

(一) 即ち第一審は上告人(被告、以下同じ)が被上告人(原告、以下同じ)主張の本件(一)の約束手形は仮りに上告人の常務取締役長谷川武雄が振出したものだとしても、武雄は会社の債務でなく、自己個人の債務の支払を免れる為之を会社の債務に転換して振出したもので、被上告人はこの事情を知っていたものであると主張し、これを証するため横浜地方裁判所昭和三一(ワ)第一〇七九号事件記録を取寄せその中の被上告人自身の証人調書を証拠として提出した。

右被上告人の証言中、本件(一)の約束手形の基礎となった金九〇万円の貸借について「会社(即ち上告人)に貸したものか」という問に対し、「私としては妹に貸したのだ」と述べていることが明らかである。こゝに妹というのは訴外長谷川武雄の妻藤子を指すのである。被上告人自身はっきり個人に貸したと証言している点は最も重要である。

かゝる明白かつ重要な証拠があるのに第一審判決はこれを無視して被上告人の親族である長谷川藤子・田中麻子、それに上告人とは反対的立場にある亀谷勇等の証人の供述を以て被上告人の主張を排斥した。

原審も又右の第一審判決と同一の判断をなした。併し乍らこれは経験則を全く無視した証拠判断であり採証法則に違背することは明らかであり、しかもそれは判決に影響を及ぼすものであり、判決に理由不備乃至は理由齟齬の違法あるに帰着するものと言わなくてはならない。

(二) 又被上告人主張の本件(二)(三)の各約束手形について上告人は第一審において右は上告人の代表権限ない亀谷勇が振出したものであるから、支払義務はないと主張したのに対し、第一審判決は「証人亀谷勇、同田中麻子、同長谷川藤子の各証言と、被告会社代表取締役長谷川たよ振出名義の約束手形であることの争いのない甲第一号証の二、三を綜合すると、被告会社の経理を担当し事実上支配人の業務を行っていた亀谷勇が当時の被告会社の社長長谷川たよから会社の業務一切を委されていた代表取締役長谷川武雄より会社の営業資金として借入れた手形債務の利息に充てるため、会社名義の約束手形の作成を命ぜられ本件手形を被告会社代表取締役長谷川武雄がこれを原告に交付したものであることが認められる」と判示し、右認定を覆すに足る証拠はないとし、原審も同一の判断をなしている。

併し乍ら証人亀谷勇の供述に徴するに「本件(二)(三)の手形は被上告人の妻に言われて作成したものである」という明白な点がある。

此様な明白な供述があるのにこれを無視して被上告人の親族である長谷川藤子・田中麻子の証言と綜合して上述の如く判断していることは明らかに採証法則の違背があり、原判決は理由不備乃至理由齟齬の違法あるものといわなくてはならない。

以上いずれの論点よりするも原判決は違法であり破棄さるべきものである。

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